1995年オーストラリア旅行TOP
MtBeautyのスキー場のオープンセレモニーが行われた。
写真はどさん子君。
鼻の下を伸ばしてデレデレしてます。
でもスキー場がオープンしたと言うのに雪がありません。
でもそこはオージーで大丈夫、大丈夫すぐ降るからとかなりアバウトです。
それからおいら達はふもとにある小さな町で一軒家を借りて
一人の外人とオイラを入れて4人の日本人と暮らし始めるのでした。
しかし、結局のところ一番の目的だったスキー場の仕事は皆無で
毎日、ビリヤードをやったりカジノに行って散財したりの毎日。
そんな時、事件は起きた。
一緒に暮らしていた博多者の態度がある日を境に急変した。
どうもオイラを無視してる様子。
なんでか知らないまま1週間ほど過ぎた頃。
博多者が
「一緒に山登りに行こう」
と言う。
オイラもどうせやる事がないので快諾。
目の前の山に一度は登ってみたかったしね。
「いいよ」
って事で早速その日に山に登ることにした。
これがその時の唯一の写真
博多者が写したオイラ。
トロッコの入り口がある所を見ると何かの鉱山の後だろう。
地下に吸い込まれるように線路は続く。
登山を終えた帰り道に迷い一番やっては行けない川沿いに道を下りはじめてしまった。
川を下ると言うのはなぜいけないか。
それは無理して下った後に滝などがあったら元にも戻れないから。
その言葉通り無理して難所を越えてオイラ達の目の前に立ちはだかったのは
両サイド絶壁のプール。
真冬だし泳ぐわけにもいかないし、まして引き返すにはかなり無理がある。
結局オイラが選んだ道は高さ20mはあろうかという壁を登ること。
絶壁に見えるが角度的には70度前後?
唯一の救いが足を掛ける所が要所要所にある事。
これは今でも思い出すが何しろこの時代にはフィルムカメラしかないので
写真を写してないのが残念だが仕方ない。
さてさて、オイラが先頭に立ち博多者のルートを細かく指示。
落石とオイラが落ちた時に博多者まで巻き添えには出来ないので
絶えずオイラの真下を歩かせないように気を付けて少しずつ登った。
どれほどの時間が経ったか覚えが無いがそのうち道に出た。
果たしてこの道がオイラ達の街に続くと言う保障は無いがホッとした。
さて、登りきった博多者はもう2度と山は登らんと豪語していた。
ついでに博多者の手にくっ付いていたヒルにも恐れをなしたようだ。
結局のところ無事に街にたどりつく事が出来たわけだが家に帰ると
博多者にとんでも無いことを言われた。
「HIROちゃん・・・俺ホントは山でHIROちゃんを殺そうと思ってたんだ。」
「えっ!?」
「でも、崖っぷちで色々助けてもらったから止めた。」
そんな事を言われたら穏やかでないので理由を聞いてみた。
・・・・。
なるほどそれはそんな気にもなるだろうなぁ。
だがちょっと待ってくれオイラが犯人なら仕方がないがオイラは違うぞ。
「うん、なんか今日山に登ったらそういう人間じゃないと思ったから話した。」
オイラも頭を整頓してみた。
左の外人は一緒に住んでいないが
右の外人はデニスガンジャバックで
右からイチロー君でオイラ、どさん子・・・・
イチロー君はお金をそこそこ持つ心優しい男の子。
そしてどさん子は唯一スキー場のインストラクターとして仕事を得た一人で
性格は、かなり頑固だが犯罪的な人間には見えない。
ガンジャバックは外人だし・・・て事は犯人はオイラしかおらんはなぁ。
しばらく色々考えたが博多者がオイラを疑うのも仕方ない。
ただ犯人が特定出来ないので本当に困った。
事実はこうだ。
日本から博多者が持ってきたお金は殆ど底を付き始めていた。
が、彼には隠し財産があった。
それはオイラも知っていたが金額が幾らとか何処に隠してあるとかなんてのは知らない。
でもそのお金は母親のいない博多者の親父が何かあった時のためにと20万円の
日本円を封筒に入れてくれたらしい。
それが2回に渡り少しずつ抜かれちょっと記憶に無いが10万円ちょっと無くなったのだ。
そして住民を分析すると道産子とイチロー君は全体にその枠に入る人間ではない。
入るとしたらオイラかデニス。
でもデニスに日本円の意味が解らないだろうってのが博多者もオイラも思う所。
外部の犯行も考えたが、結局、夜みんなが揃った時に全てを告白した。
そしてオイラが切り出した。
「オイラしか博多者が隠し現金を持っているのを知らない。でも博多者が現金を
入れていたと言うトランクの中はオイラは一度も触れていない。」
なので指紋を採取して貰えばこの中に犯人がいないか解る筈。
なので早急に警察を呼びたいと申し出た。
すると・・・
デニスガンジャバックが
「警察を呼ぶのは止めてくれと」と言う。
もちろん英語で言ったのだが今のオイラにはその文章が思いあたらない。
理由を聞いてみると
スピード違反やら何やらで逮捕状が出ていると言い出した。
更に、「じゃその無くなったお金は俺が何とかするから警察を呼ぶのを止めてくれ」と
挙句に、払う代わりにトランクの中にみんなの指紋を付けろと言い出した。
もうこれでオイラの疑いが晴れた。
まさかデニスが犯人だったなんて。
もう少しで殺される所だった。
それからデニスの免許証を取り上げ現住所等すべて書きとめ借用書を書かせた。
翌日の朝起きるとデニスは家からいなくなっていた。
でも、この後、博多者は一人でシドニーのデニスの親元を訪れ借用書を見せ
親がデニスを呼びつけ現金回収に成功したそうだ。
ちなみにこの事を知ったのは日本に帰国してからの事だった。
博多者と2ショット。
デニスガンジャバックがMtBeautyを去った頃
スキー場も本格的なシーズンを迎えた。
また、MtBeautyについては話したい事があるけど
12年前のこの日はオイラにとってちょっと特別な日なのでまた
思い出した様に語りたい。
さて・・・
何が特別な日なのかと申しますと・・・・
タスマニアで自転車を盗まれてから何ヶ月も経って色々あったが
オイラはその日を迎えた。
これはメルボルンにあるクリーンズベリーヒル。
オイラのブログの中で前にも紹介したけど
思い出深いユースホステル。
Mt Beauty からこうなるまでの経緯もまた他の時に少しずつ。
横に写ってるのが博多者。
オイラは一足先に用事でシドニーに行っていて
ここに戻ってきたら偶然再開した訳。
なのでオイラの旅立ちにも立ち会ってもらった。
そうオイラはこの日からパースまで目指す旅に出る。
本当はタスマニアよりオーストラリアを一周する予定だったがあの自転車が
盗まれてから諦めていた旅を難所と言われるナラボー横断に変えた訳。
その時の日記にはこう書いてある。
(一日目)9月7日木曜日 晴れ
長い間、日記を書いていなかったが、また今日から書く事にした。
今から俺はメルボルンからパースまで自転車で行こうと思っている。
長い道だけど出来る所までがんばりたいと思う。
とりあえず今日は111km離れたバララットまでいく。
オイラが街を離れて一番初めに見た
地平線。
オウムの死体
これもそう
オーストラリアの道端にはオウムが沢山いる。
大陸を横断している道路は直線で信号が無いのでみな100km以上出すので
この様な死体を本当に沢山見る。
これが到着時の日記。
死ぬかと思うほど長かった。
水もないしどうしようかと思った。
明日の事を考えると今日は寝れそうにない。
でもがんばる。
宿 キャラバンパーク 8㌦ 距離 111km
走行距離 111km
訳も解らずに走り出したらなんだか車専用道路見たいな道でサービスエリアくらい
あるのかと少しの水しか持っていかなかったら何にもなく死にそうな気になった。
しかも、初日から111kmも走ったから全身だるく、テントを立てて、インスタント
ラーメン二パックを流し込み日記を書き終えたら朝起きるまで記憶が無かった。
こんなあいまいに書いてあるがこの部分だけ鮮明に覚えている。
正直この日一日で止めようと思った事は書き記していなかった^^
ま、次回からは日にちを気にせず書くつもりですが、久しぶりに日記を見たら
今日が同じ日だったので。
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